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ホンダ :: EXCAR

car:ホンダ


本田技研工業株式会社(HONDA/本田)は、日本、北米、欧州、南米、中国、タイ、インドなど世界各地に拠点を置く大手輸送機器及び機械工業メーカー。主業務は、オートバイ、自動車、汎用製品の製造、販売(航空機及び航空エンジン、四輪製品、二輪製品、汎用製品:太陽電池・船外機・耕運機・小型発電機・汎用エンジン等)である。 オートバイや小型汎用エンジンに関してはシェア世界一であり、世界中のほとんどの地域で販売・運用されている。 主に「Honda」のブランドでオートバイと自動車、汎用製品を製造している。新規分野としてASIMO(アシモ)のようなロボットや、HondaJet編集[15](ホンダジェット)と呼ばれる小型ジェット機とターボファン式ジェットエンジンも自社開発している。 創業者の本田宗一郎は経営者・技術者として著名であり、社名は本田の姓から名づけられた。日本の自動車メーカーとして9番目に設立された。本社は東京都港区南青山二丁目に地上16階地下4階の自社ビルを有する。通称および国内の各証券取引所での表示は「ホンダ」。

ロゴはアルファベット大文字の「HONDA」を赤色でデザインしたもの。2000年末よりロゴを使用しない場面での社名表記として、ホンダのCI(コーポレートアイデンティティ)に基づくVI(ビジュアル・アイデンティティ)として、ホンダ自身が「コミュニケーションネーム」と呼ぶ表記を用いるようになった。これはアルファベット表記で「Honda」とするもので、ホンダ自身が積極的に用いると共に、報道機関に対し社名の扱いを「Honda」もしくは「ホンダ」の表記を要望している。

1946年、戦前より自動車部品などを製造していた東海精機を豊田自動織機に売却した資金を元に、静岡県浜松市(現・浜松市中区)山下町(後の山下工場)に本田技術研究所として開設され、内燃機関および各種工作機械の製造、ならびに研究を開始。1947年にはA型自転車用補助動力エンジンを開発した。1948年に本田技研工業株式会社として設立。1949年に藤沢武夫を経営全権として迎え、以降、技術の本田宗一郎と経営の藤沢武夫による二人三脚の経営が始まる。1963年には後年に「スポーツトラック」とも呼ばれることになるT360(日本初のDOHCエンジン搭載)で四輪自動車業界に参入した。

同年には、欧州ベルギーに2輪車製造拠点を設立し、日本の自動車産業界において初となる欧州圏での製品(スーパーカブ・C100)の現地生産も行った。

その後もCVCC、VTEC、VTEC-E、i-VTEC、i-DSI、IMAにといった高い技術開発力を示してきた。1981年に世界初の自動車用ナビゲーション・システムを完成させた。

1982年には、日本の自動車メーカー初となるアメリカでの4輪車(アコード)の現地生産を開始し、昨今の日本の企業のグローバル化の手本とも言える大規模な海外展開を、時代に先駆けて行った。

自動車・二輪車・汎用製品だけでなく、太陽電池パネルの生産やASIMOに代表される二足歩行ロボットの開発も行っている。このロボットは、ニューヨーク証券取引所の始業ベルを人間以外で初めて鳴らした。

また、2003年末には、宗一郎の念願だった航空機業界への参入への第一歩となる試作機「HondaJet編集[15]」の初飛行にも成功。2004年2月16日には小型ジェット機用エンジンの事業化でGEとの提携も発表。2006年8月 ホンダ・エアクラフト・カンパニーを米国に設立し、2010年度からの機体引渡しに向けてノースカロライナ州グリーンズボロにあるピードモント・トライアド国際空港隣接地に生産拠点の建設を行っている。


Last-modified: 2012-06-21 (木) 16:03:56 (JST) (1829d) by seiichi