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ランボルギーニ・イオタ [ランボルギーニ/イオタ] - EXCAR

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ランボルギーニ・イオタ [ランボルギーニ/イオタ]

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ランボルギーニ・イオタ(Lamborghini Jota/蓝宝坚尼・Jota), Jota.jpg

ランボルギーニ・イオタ(Lamborghini Jota/蓝宝坚尼・Jota)は、ボブズ・トイと呼ばれるボブ・ウォレスが作成したレーシングカーの1台。1969年末に社内の人々の協力を得、ミウラをベースにFIAのアペンディックスJ項(車両規定項目)のプロトタイプ・クラス車両規則に準じて作成された。当初、このアペンディックスJ項にちなんでJと名づけられたが、ベース車両の名前「ミウラ」はランボルギーニ初のペットネームで、スペインに起因するためJもスペイン語読みで「イオタ」と呼ばれるようになった。

シャシーからミウラとは別に用意され、フロントとリアのサブフレーム形状も異なっている。材質はスチール製だが所々に軽合金を使用し、軽量化が図られている。このシャシーとボディーパネルはリベットで接合され、外観上のポイントにもなっている。また、トレッドも広げられ、フロント9インチ、リア12インチ幅のカンパニョーロ製ホイールを装着、ブレーキもベンチレーテッド・タイプのディスクとされた。

ボディーはヘッドランプがポップアップ式からプレクシグラス(アクリル樹脂の商標)で覆われた固定式に変更。フロントのグリル面積の拡大とその両側にチンスポイラーの追加。フューエル・フィラー・キャップもフロントフェンダーに露出する形に変更されるなど、外観上も変更が加えられている。 スペアタイヤや実用性のないトランクも、全て当時の競技車両規定を満たすためのもの。

エンジン・トランスミッションはベースとなるミウラと同じく横置のジアコーザで排気量も3,929ccのままドライサンプ化。 圧縮比を上げ、キャブレターを変更することにより440HP/8500r.p.mの最高出力に高められ 900KGの車両重量と相まって300km/hの最高速を出せるとされた。

イオタは、ミウラと同じ車体を使用し固定式ヘッドライトでエンジンや内装を改造したランボルギーニ・イオタがある。その実態は車体番号5084の一台だけである。それはボブ・ウォレス個人の作品として生み出されたものであり、正確にはランボルギーニの作品ではない。ボブはチームメンバーと夜と週末を使いこの製作に励んだ。潤滑系統のエンジン性能への貢献度、操縦性の向上、総合的な製造品質を調べたかっただけだとボブは語っている。フェルッチオは「やりたいなら好きにさせてやれ」といっていたという。

ホイールはリアが(9インチから)12インチとなり、フェンダーもより広げられている。スペアタイヤとガソリンタンクがエンジン後方にあるにもかかわらず重量配分がより改善されている。シャーシフロアをはじめとして車両全体にアビオナル(Avional)航空機用アルミシートを使い軽量化を図っている。固定ヘッドライトにしたのもそのためである。車重は882kgとなり、ミウラよりも360kgも軽くなった。

エンジンでは圧縮率が11.5:1とかなり高めにされ、カムシャフトもハイカム仕様、エンジンとトランスミッションを別系統のドライサンプ方式で潤滑(スプリットサンプ&ドライサンプ)。エグゾースト(排気系統)は装備されておらずそのサウンドは壮麗だったという。

ランボルギーニが財政難になった1970年に"あるミラノの得意客"に販売される。さらに1971年に、イタリアのレーシング・チーム『スクーデリア・ブレシア・コルサ(Scuderia Brescia Corse)』のオーナーで車のコレクターでもあるアルフレッド・ ベルポナー(Dr Alfredo Belponer)の手に渡る。この取引はブレシアでのランボルギーニ・ディーラー、エンリコ・パソリーニ(Enrico Pasolini)が担当していた。ところが、ベルポナーがステアリングを握る前に、ディーラーのメカニックが彼の同僚にこの車の実力を見せようと、完成したばかりで開通を待つばかりだったブレシアの環状道路で運転した結果、クラッシュさせ、横転した後、火を噴いてしまった。時速220キロ以上をだしていたというが、宙を舞ったとのことだ。ボブからは「浮きやすい」と注意されていた。乗っていた二人は死なず一ヶ月の入院ですんだ。巻き添えもなかったがイオタは修理不能の残骸となった。残骸はランボルギーニ社に引き取られたがその後廃棄されたといわれている。これがたった一台の本物のイオタの一生である。

イオタレプリカ anchor.png

実車の販売に先立つこと約1年、ランボルギーニによりミウラを元にした数台のレプリカが作成され、それはSVJの名で生産証明が発行された。「jota」のスクリプト(バッジ)は全て後年オーナーが独自に取り付けたもの。 また、1974年にはミウラSをベースに1台のレプリカが作成されている。この1台は当時の最新ロープロファイルタイヤ「ピレリP7」装備のため後輪用にノーマルと同じパターンのディープリムホイールがカンパニョーロ「現テクノマグネシオ社」によって作られ、それに合わせてリアフェンダーがかなり拡げられている。西ドイツ在住のオーナーは納車後に自分の経営するカーディーラーでレカロ社のシート、AUTOFLUGのシートベルト、ブラウプンクトのオーディオ、BBSのホイール、リアウイングを取り付けた。この車はSVRと呼ばれ、一人のオーナーを経て当時30万米ドルで日本人に売却された。

このように、現在存在するイオタは全てレプリカということになる。先述のランボルギーニ純正のレプリカ以外にも、オーナーによりイオタ化されたミウラも多数存在する。ちなみに、イタリアで作成されたシャシーナンバー#3033のミウラは、各部を可能な限りオリジナルのイオタに近い状態に改造されており、クローン・イオタと呼ばれている。

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