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ランボルギーニ・ハラマ [ランボルギーニ/ハラマ] - EXCAR

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ランボルギーニ・ハラマ [ランボルギーニ/ハラマ]

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ランボルギーニ・ハラマ(Lamborghini Jarama/蓝宝坚尼・Jarama), Jarama.jpg

ランボルギーニ・ハラマ(Lamborghini Jarama/蓝宝坚尼・Jarama)は、1970年から1976年まで生産されたグラントゥーリズモ。ハラマの名はスペイン・マドリード郊外にあるハラマ・サーキットに由来する。

ハラマは、最初のランボルギーニ・350GTの改良発展型であったイスレロでは年々厳しくなる主要輸出先、アメリカの安全・公害基準をクリアすることが困難となったために開発され、1970年3月のジュネーヴ・ショーでデビューした。シャシーはランボルギーニ・エスパーダのホイールベースを30cm近く短縮したもので、設計はチーフエンジニアのパオロ・スタンツァーニであった。彼は現在もレーシングカーメーカー・ダラーラを率いるジャンパウロ・ダラーラからその地位を継承したばかりで。ハラマはその後彼が手がけるウラッコ(1970年)・カウンタック(1974年)に先立つ第一作であった。車体のデザインは、ミウラ・エスパーダ同様、ベルトーネに委ねられ、チーフデザイナーのマルチェロ・ガンディーニが担当した。

ハラマはミッドシップ2座のミウラやカウンタックと比較すると地味であり、完全な4シーターのエスパーダほどの実用性も無く、ラインナップ上は中途半端なモデルのように思われたが、実用的な2+2レイアウトを持ちながら、2座席のライバル・フェラーリ・365GTB/4の2400mmよりも更に短いホイールベースを活かした、優れた操縦性と実用性を兼ね備えたスポーツカーであったようで、ランボルギーニ創業者のフェルッチオ・ランボルギーニは、ミウラやカウンタックを差し置いて、ハラマこそが理想のランボルギーニ車であったと語っている。実際に、彼自身も一台を長く愛用した。

当初デビューしたハラマは4000cc350馬力の「350GT」であったが、V12エンジンの熱量に対し冷却系統が不十分であったと言われる。1972年には細部を改良し、365馬力の「350GTS」に発展した。エンジンの冷却問題は改良され、ランボルギーニ社の本業であるエア・コンディショナーや、3速オートマチックも装備可能となった。しかし、1973年末の第一次石油危機以降は需要が低迷、1976年にハラマは生産中止となった。生産台数は400GTが176台、400GTSが152台の合計328台と少なかった。

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