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日産・プリンスロイヤル [日産/プリンスロイヤル]

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日産・プリンスロイヤル(Nissan Prince Royal/日产・Prince Royal), Prince_Royal.jpg

日産・プリンスロイヤル(Nissan Prince Royal/日产・Prince Royal)は、1967年から1972年にかけて日産自動車(日産自動車に吸収合併される以前の旧・プリンス自動車工業)が製造した御料車。日本では数例しか新造例がないリムジンでもある。開発コードS390、型式A70型。

駆動方式は後輪駆動。エンジンは特別開発のV型8気筒OHV W64型6473cc。サスペンションは前輪ダブルウィッシュボーン、後輪はリーフスプリングによる固定式。ステアリングはリサーキュレーティング・ボール式。変速機構は3速ATだが、当時これのみ国産化ができず、アメリカのゼネラルモーターズから納入された。使用時の故障が許されない御料車との特殊用途のため、ブレーキと燃料系は二重系統とされるなど万全を期している。またパレードなどの低速走行が多くなることを想定してラジエターも大型化されてオーバーヒートを防ぐ対策も採られている。

第二次世界大戦前来、皇室用の自動車はディムラーやロールス・ロイス、メルセデス・ベンツ、キャデラックなど、外国車を採用してきたが、1960年代当時成長期にあった日本の自動車工業界では、これらを日本車(国産車)でまかなうことが悲願とされた。同様の構想は政府レベルでも持ち合わせており、宮内庁は自動車工業会(当時)へ国産リムジンの開発を諮問する。その結果、たまたま当時の皇太子明仁親王がプリンス自動車の乗用車であるスカイライン(初代 ALSI型)やグロリア(2代目 S40型)をご愛用しており、宮内庁と車両納入で密接な関係にあったプリンス自動車が1965年より開発を担当することとなった。ただし、完成時は日産自動車に吸収合併された後であったため、車名は「日産・プリンスロイヤル」となった。

開発にあたり、当時の技術の粋を集め、メーカーの枠を超えた協力体制でほぼ純国産技術で完成させる。車体は当時のグロリア(3代目 A30型)とイメージを共有する縦目2灯デュアルヘッドライトのデザインであるが、実際にはグロリアとのボディパーツ共用は一切無い。室内は運転室と座席の間に仕切があり、侍従用に補助席を持つため乗員は8名。ほぼ手作りに近い品質管理が行われ、内装はウールを使用するなど最高品質が追求された。

内装に関しては、前席は耐久性を重んじた革張りを使用し、貴賓席である後席には滑りにくく柔らかな手触りの毛織物を使用するという、リムジンの古典的な様式に則っている(トヨタ・センチュリーロイヤルも同様)。また車色(黒の塗料)は自然乾燥させている。

プリンスロイヤルは一般向け販売はされず、7台のみが製造納品された。宮内庁と外務省(大阪万博開催時に、国賓送迎用として2台が納入された。内1台は1978年に宮内庁に移管)が管理している。また、1980年11月から翌年3月にかけて1台が寝台車対応のワゴンタイプに改造されている。今もって国産車の最高峰に君臨する存在であるが、製造後40年近くが経過し、(取替え部品での維持も難しく)老朽化や所々の腐食が懸念される事態となったことから、製造元の日産自動車は2004年2月に、徐々に使用停止を宮内庁へ要請した。

1967年以来、御料車として使用されてきた「日産・プリンスロイヤル」は、老朽化のため更新されることとなったが、同車を納入した日産自動車は現行車台をはじめ、御料車に要求される生産要素をめぐる判断から次代の車両納入を辞退した。

2005年、日産・プリンスロイヤルの後継として、トヨタ自動車よりセンチュリーロイヤルが提案されたことを受け、宮内庁は段階的にプリンスロイヤルの使用を止めることを発表した。

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